Re Another Life

アニメや音楽に始まり哲学など

『ヘレディタリー 継承』は家族の映画などではない 不快なものとしての神秘主義

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今年志村けんさんがコロナウイルスに感染して亡くなったというニュースを聞いた時、私たちが受けた衝撃の裏には「命は金で買える」という根拠のない思い込みが裏切りがあるのだと思う。「あんなに有名でお金も持っている人がまさか急に」という会話があちらこちらで交わされたことは想像に難くない。どんなに立派な医療施設もVIP待遇も彼の命を助けることは叶わなかったという事実。この裏切りによる衝撃は私たち現代人のある種の信条が神話にすぎないことを暴いた。私たちはいつでもそれを神話と気がつかずに持ち、他人の神話を誤謬であると笑うのだ。『ヘレディタリー』はそんな私たちの物語だ。

 1.神秘主義というテーマ

この映画を「家族の映画」と表現したのは一体どこのどいつだろう(※おそらく監督)。『ヘレディタリー』にはより大きなテーマとして「神秘主義」が掲げられているのは明らかであると考えられる。

神秘主義」と聴くと降霊会に呼ばれたあの母親のように多くの人間が眉をひそめるだろう。しかし、現実の神秘主義とは人間の理性では把握できないものがこの世にはある、という素朴な事実を認める立場だ。こんな事はコペルニクス的転回を余儀なくさせたイマヌエル・カントによって18世紀に既に言われていることだし、もっと遡ればプラトンにその起源を求めることすらできる。科学で何でも解決できると根拠も無しに信じ込んでいる私たち現代人よりもよっぽど健全な思考と言える。

 

2.私たち近代人としての夫 ティーブ・グラハム

この映画の神秘主義が現実のそれと異なるのは物理的な証拠が山ほど存在することだ。幽霊による元気なポルターガイストはあるわ、地獄の王はいるわで神秘的な存在は客観的なものとしてバリバリ登場する。オカルトマニアが大喜びする怪奇現象が一同に会するパーティである。

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Great party isn't it?

そんな不可思議な事実の数々を目の当たりにしても夫であるスティーブ・グラハムはそれを心から現実の出来事であると信じようとしない。誰も触れていないコップが動こうが、消えた蝋燭が火を吹き上げようが、屋根裏に死体があろうがそれは現代の常識によって説明できる類の現象であると信じてやまない。

 

彼は私たち現代人の代弁者的な立場にある。彼は合理的で理性的で科学的な考えを持つ私たちそのものである。だから信じ難いことが自分の目の前で起きたとき、それは彼にとって非常に不快な物として映る。なぜならその不可思議な現象はこれまで何十年と生きてきて構築した自分の常識の再定義を求めてくるからだ。自分の知識では目の前の現象を説明できない、ということを嫌というほど思い知らされる。


それは換言すればこれまでの自分を破壊して再構築することが求められるという事になる。それは端的に言って不快に違いない。大人になってスケートを初めてやるときの屈辱感とでも例えようか。

 

『ヘレディタリー』において私たちの神話の崩壊は「地獄の王の顕現」によって決定的とされる。地獄という鼻で笑うべき神話が私たちの科学という神話を崩壊させ踏んぞりかえるのだ。


そんなわけで僕は愚かな現代人としてパパに感情移入し、祖母や妻の抗いようのない神秘主義にイライラし、最後には後者の正しさに打ちのめされてこの映画を見終えたのでした。

 

神秘主義が科学に打ち勝つのはもちろんフィクションであろうが『ヘレディタリー』ではそうなっているのだから仕方がない。「変わることを怖がってはいけない、老害になってしまう」とは言うもののやはり変わることを迫られるのは不快であることを再認識させられたのです。