Re Another Life

アニメや音楽に始まり哲学など

論理的になればなるほど不幸になる

彼女との喧嘩、友達との何気ない会話、上の立場の人間が言うこと。それがどんなに常識的なことであれ論理はそれを翻す力を持ち、事態が深刻であればあるほど、反論を発することの抑えは効かない。

 

1+1=2程度の論理ならば誰でもわかるが、こういうときに発せられる論理というのは複雑な構造を持ち、それが相手にきちんと理解されることは無に等しい。狂人扱いされてもおかしくない。世の中との剥離は日々続く。

働きたくない人はみな哲学者らしい

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年齢を重ねるごとに経済的な自立という課題が迫り、それに伴う労働の必要性を感じつつ外食しています。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 

とにかく僕は働くことに否定的である。死ぬほど簡単で時給もよく、さらに先輩の紹介で入ったという三重の甘えを備えたバイトを4ヶ月で「時間がもったいない」という理由でやめてしまった。その先輩とは今も仲が良い(あっそ)

 

そんなときゼミのような授業で各々の結婚観を質問された。自分を殺してでも守りたい人との結婚、自分を高められるような結婚、と高尚で経済的な必要性を度外視した現代的で至高な結婚観が語られる。

 

そんな中、ひとり「養ってくれる人〜」とアホヅラでほざくKY(死語)が僕でした。この先生にかかると本音しか言えなくなるのだ。

 

当然聴衆からは白い目で見られ、今まで築いた好青年イメージが崩れるのを感じる。しかし先生(宗教哲学専攻)だけは「〇〇くんは真の哲学者だ!僕もそうだったよ!」と静まり返った教室で一人称賛を送る。全然嬉しくない。

 

ここで思った。「働きたくないのって哲学者だけなの?」と。僕は親に働きたくない理由を説明するときに「目的なき世界観」という壮大な論理をぶつけていた。

 

つまり戦後は社会全体の成長という明確な指標がありその波に乗れば人生の目的は与えられるが現代はそれがない、という世代のすべての人間を巻き込んだ迷惑な論理である。(ちなみに戦前は戦争、さらにその前は神もしくは来世、あるいは極楽が目的)

 

つまり僕の世代、全てが労働に人生の目的を見出していないと考えていたのだ。できれば働きたくない。ベーシックインカムに夢を見ている。AIが多くの職業を駆逐してくれることを望んでいる。

 

宝くじが当たったら上司に唾を吐き恨みの言葉を吐き失禁したのち速やかに退職したい、と皆が考えていると思っていた。

 

先生の「哲学者」という主語にすべての確信が無に帰した。というかみなさん実際どうなんすか?

因果律の否定について

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 まどマギ12話のまどかの願いは結果的に「因果律そのものに対する反逆だ」とQBに言わせせしめました。(界隈では「因果」と「因果の糸」という用語が異なる意味で飛び交っているようです。哲学用語じみてて面白いです。)

 

しかし、京都学派で有名な西田幾多郎は哲学的な視点から「因果律」に対する反逆を論じています。

 

西田の哲学は「体とは別に心がある」という発想を切り捨てる大胆なものです。つまり体も心も本当は実在しないと言うのです。では何が実在するのか?それは「意識」です。意識のみが唯一存在するものと考えた時、自明と思われる「因果律」は後手に回ります。

 

この説明だけでは意味不明なので簡単な例を出します。

 

1、物体Aが物体Bにぶつかる。

2、物体Aが動く。

 

この繰り返しを意識は認識し物体Aが動くのには物体Bという原因があるという「因果律」なる仮定を形成します。つまり、意識があって初めて「因果律」という仮定が生まれるのです。

 

さらに、因果律を世界形成のシステムに組み込むことは原因の無限遡求という不具合を生じさせます。不具合を含む原理は不完全であると断じられます。この無限遡求を解消する手段として西洋においては「神」の概念が導入されます。

 

一方、西田は先ほどの「意識」を原点としておきます。「意識」においては「因果律」がまだ仮定されていないので無限遡求を断ち切れるというわけです。

 

神を必要としない世界形成論というのはいかにも日本人らしい考え方ですね。

 

結論:因果律よりも意識の方が先にあり、また因果律には不備があるので因果律は否定が可能。

能動性の善悪判断に見る相対主義の虚しさ

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みなさんは「能動的」という語を見たときどのような印象を思い浮かべるでしょうか?「自主的」「アウトドア」「東京事変の名曲」などポジティブな語が浮かぶかと思います。そもそも能動的の英訳がPositiveだったりActiveだったりするので自明かと思ったかもしれません。しかし我々はその自覚がないだけで能動性を嫌悪している瞬間があります。

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終物語 真面目な感想

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物語シリーズの一応の終わりである終物語を見ました。ネタバレ当然有り。

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宗教のことは嫌いになっても、神のことは嫌いにならないでください

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タイトルに反して固い内容であるよ。長くなったので最初に流れを書いておきます。それを読んで気になった方は続きをご覧ください。

 

1、私たちが無宗教である理由

2、私たちが無神論者である理由

3、1と2が実は繋がっていないという事

4、神が存在する理由

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モーレツに教会に行きたい

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想像上の教会(歌って踊れ!)

 

キリスト教を信じ始めたわけではありません。このまえ花火大会で4人くらい見たし。これには次のような理由があるのです。

 

それはズバリ「哲学の理解のため」です。哲学史を順に学んでいて痛感したこと。それは「哲学の発展と宗教が切り離せない」ということです。
 
というのも中世辺りの哲学者たちは神学を学びそれを土台に思想を練り上げます。そうすると、その哲学者に影響を受けた次世代の哲学者の思想には、また宗教の要素が入り込んでいます。これが積み重なった結果、現代日本でぬくぬく育った僕にはどうしても文章だけでは理解できない部分が出てくるのです。
 
教授に聞いても「肌感覚の問題」と切り捨てられますし……

 

 そこで実際に肌で触れてみようという事です。なぜこんな記事を書いたのかというと正直、自分が急に宗教に目覚めることが怖いからです。世間的には哲学にハマることと大差ないんでしょうが。次の記事では哲学にはまることと宗教(厳密には神学)にはまることの違いを哲学擁護の意味を込めて説明しています。では