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神の現存在の論証 カント 第二部 第三考察 神は地震を起こすのか

今回は自然と神の関係といったところでしょうか。例えば敬虔な信者が少なく、無神論者が多い国には罰として地震が起こるのでしょうか。カントの答えはもちろんノー。擬人化された神などもってのほかなのです。

 

第三考察 自然の秩序の仲介による、あるいはこのような仲介によらない、神に対する万物の依存


一、世界の現象を、それが自然の秩序にしたがっているかどうかで分類すること。

 

カントは全ての現象を自然現象と超自然現象の2つに分ける。自然現象は自然がその現象の要因であり、かつ自然法則に従っていることが求められる。一方、超自然現象は直接的な()用因が自然外、つまり神の力にある場合。加えて、自然の力の適用が自然の規則に適っていない場合の2つがある。前者を実質的な超自然性(つまり神の力を素直に認める場合)と呼び、後者を形式的超自然性と呼ぶ。


ここでは第二の場合が議論に挙げられる。具体例として地震、大暴風、津波などの個人だけでなく、国にまで影響を及ぼす自然現象を考えてみる。言うまでもなくこれらの自然現象は自然法則にのみ従って起こっている。どんなに信心深い人間が多い国であっても災害が起こる時には起こるし、無神論者がほとんどの国でも災害が起こらないことはある。人間の道徳的な内実が自然に影響を与えるという事をカントは一切認めない。


それでは自然の法則に従いつつ、人間の道徳的な内実が要因ではなく理由として災害が起こると考えるのにはどうすればよいだろうか。一つは神が世界を創造したその時に未来において地震が起こるようにしつらえたというネガティブな予定説を考えることができる。確かにこの場合、神の力が急に発現したわけではなく、だんだんと自然の法則にしたがって地震が起こるように思える。しかし、これでは神の力という超自然的な力を世界の最初の時点に追いやっただけで、その超自然性が弱まるということはない。


これに反し自然の秩序に従って賞や罰が与えられるためには、人間の道徳的行為が賞や罰と因果関係を結ぶ必要がある。確かに大酒飲みや不摂生な生活は傾向的には人間の体によくはないだろうが、だからといって確実に罰が与えられるという異常な仕方で働く法則は認められない。もしそのような法則があるとすれば、それは自然法則ではなく神の知性の法則であると言うべきであろう。


二、自然の現象を、必然的な自然の秩序に従っているか偶然的な秩序に従っているかによって区別する。

 

()主に自然の存在・結合の偶然性、そしてそれが偶然的であるにもかかわらず存在する統一性や美が神に必然的に依存するということが具体例を通じて語られる。総じて自然法則の統一性が確認される。