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Re Another Life

アニメや音楽に始まり哲学など

東洋哲学的理念 を打ち砕くカサ盗難 を打ち砕く相合傘 とプラグマティズム

 

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先日、アメリカの大学で大きな人気を博した「東洋哲学」の講義を書籍化したものを読んだ。「人生が変わる東洋哲学」とかいうタイトル通り自己啓発本的な内容だったが中々に楽しめた。

 

おおまかに総論を綴ってしまうと「真理はないし状況によって正しいことをできるようにしようね。人とのつながりという日常生活が何より大切。」ということである。

 

もちろんこの論調を支える有効な思考方法は多く挙げられていたがここでは省略させていただく。

 

僕は「なるほど、人とのつながりが大切なんだね。人が環境(他人)を作り他人が人を作る。まさしく世界と私との未分化というわけだ。」

 

しかし、大学の図書館に入ってガムを死ぬほどクチャクチャして退館しようとしたとき事は起こった。

 

僕のワンコイン傘がない、のである。全長65cmと記された広告シールがデカデカと貼ったままであるあの傘がなくなっているのだ。置いた場所は十分に確認していたし似たような傘が近くに立てていなかったことも目視していた。まさに傘泥棒にあっていたのだ。

 

手に入れたばかりの東洋哲学から言わせれば

1、「盗った人間はタオの実践ができていないのだ。人と自分を分化しているため悪行を働いてしまうのだ。」 

2、「運命論としてそれを甘んじて受けるのではなく良い経験として受け入れよ。」

3、「傘を取られて悲しいという感情を感じている今の君は数ある時間とパターンの1つを切り取ったものにすぎない。」 

 

どれも含蓄ある思想である。だが、

 

くそくらえである!!!

 

1、人と自分を分化?俺もしてるわ!だからこそ盗った相手が憎い

 

2、良い経験?しない方が良い一日としての経験だわ!

 

3、悲しみを感じている君は1パターンである?確かにそうだろう。明日になればケロリと忘れるだろう。だが今この時に悲しみを感じている自分は確かにいる。それを尊重することを忘れて生きていくことは違うだろう。

 

こうなると東洋思想などもはや無用の学問。じじいの説教である。やはり唯一の真理を求める一元論的な西洋思想が最高にクールだぜい。

 

しかしそこに、こんな考えが飛び込んでくる。

 

「傘がなかったら彼女と相合傘できるんじゃね?」

 

そうなると3つの批判を吟味しなおす必要があることがわかる。すごい勢いで。

 

1、自分が他人を分化せずに考えればどうだろう。自分も特定の状況で悪を実行することもあるだろうし大まかに言って同じことだといえるのではないだろうか。

 

2、言わずもがな相合傘ができるかもしれない。というかこのエントリも盗難がなかったら生まれなかっただろう。

 

3、その時の自分を尊重することは大事だろう。しかしそれを本当の自分である、というように引きずることが有効な思考方法とは言えない。

 

どうだろう?見事な手のひら返しにしか見えないが理屈は通っている(?)

 

例えばこの後、彼女が事故にあって死亡したとするとどうだろう。僕の思考方法はどちらによるのだろう。

 

この一連の茶番で導き出される人の求める哲学というのは、なんとここで初めて出てくる「プラグマティズム」であることがわかる。プラグマティズムとは道具主義とも呼ばれる考え方である。「その人にとって実用的な考え方がその人にとって正しい」というなんとも分かりやすいものである。

 

ただこれは「人が求める哲学」であって「正しい哲学」とは必ずしも一致しないことに留意しなければならない。またプラグマティズムって単なるデカい枠組みを作っただけでズルくね?と素人目に考えてしまったりもする。