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Re Another Life

アニメや音楽に始まり哲学など

ネットでの議論は無意味なのか? 哲学者に聞いてみよう!

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やいのやいの

ネットを利用していればどこであれいつであれ、様々な事柄について議論をしているのが目に入ります(成立しているかは別として)

ネットでの議論を不毛で無価値なものとみなす人間がある一方で機会の存在自体を評価し肯定的に捉える人間がいるのも納得ができます。

そこで今回はネットでの議論についての考えを2人の哲学者の思想に重ねて考えていきましょう。御二方とも21世紀の方でございました。一方はご存命ですので既に言及されているかもしれませんが…::


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最初の人物はドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス様。2015年現在ご存命でおられます。

ここでは彼のコミュニケーション的合理性を引用させていただきます。これは簡単にまとめさせていただくと

「相手に戦略的に勝つためでなく各自が発信し、それと対照的に他社の発言を聞き、」

相互に意思を通じ合わせ、外部からいかなる支配も制約も受けることがない議論によって構成されたルールを作るための合理性」

となります。※

ここで注目したい要素が2つ
1.相互に意思を通じ合わせる
これはネットに限らず文章だけでのやり取りでは大変難しい作業のように思われます。

2.外部からいかなる支配も制約も受けることがない
Oh…これぞインターネットの利点であり欠点でもある要素に邪魔されることであります。というのもその容易さは議論の発端に繋がると同時に横入りの手軽さも保証してしまうのです。更に他人の入れ知恵を探すのも使うのも一瞬で可能。Wikipediaを見ながらの議論なんかしたことありませんか?---

お次に紹介させていただくのはジョン・ロールズ様の無知のヴェールにございます。
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こちらもまとめさせていただくと

「互いが自分自身の立場を知らずに議論をすること」=「互いが対等な立場で更に自分の意見を真っさらな(白紙の)状態で持つこと」となります。※

こちらも実にネット議論には適さない条件となってしまいました。後半の「自分の意見を〜」というのは現実世界でも難しいことでありますが一見ネットでは可能でありそうな「互いが対等な立場で」これが今回のポイントです。

匿名が基本と思われたこの場所でも普及に伴い高度化が進み更にはこの世界での確固たる人格とそのコミュニティを作り上げてしまいました。

ネットで構築されたコミュ二ティは現実世界のそれよりも遥かに強い行動力と場合によっては連帯感を生み議論においては数の暴力へと発展していきます。ナンテコッタ---

終わりに
実はこの二人をネット議論賛成派と反対派という対立する立場におこうと考えていたのですが結果的にどちらも反対派になってしまいました。

※の内容
今回は「対話」「議論」という方向で2人の哲学者様を引用させていただきましたが全く別の方向から持ってきて話を展開したりすることの方がこの手の文章には多い気がします。

この記事にも言えることですが哲学者の思想というのは使いようによっては自由に使えてしまう非常に強力な武器です。哲学者の名前が出たら「こいつ臭えぞ」と思った方がいいですね。あれ、なんの話だっけ