Re Another Life

アニメや音楽に始まり哲学など

『文化と両義性』 昼と夜のメタファー・呪術の失敗・対立物の一致

山口昌男の『文化と両義性』を図書館で借り付箋だらけにしたものの、返却期限が近づいてきたので、付箋でチェックした部分を本文の引用とともにここに残しておく。主に神話における事象を扱っており、自分のような全くの神話の素人でも楽しく読むことができ…

沖に流れ去る映画レビューを拾って繋ぎとめる

最近Filmarksという鑑賞した映画を記録しておけるウェブサイトを使い始めました。僕がこの短い人生で鑑賞した映画は204本らしかった。記録用とは言うもののそこに投稿した感想は、時間がたつにつれて膨大な情報量によって沖に流されネットの海に消えていくの…

ゲームプレイと演出シーン間の境界融解 サイコブレイク

2014年にリリースされた「サイコブレイク」というゲームがある。このゲームはバイオハザードシリーズを生み出した三上真司氏がディレクターを務め作りあげたサバイバルホラーゲームである。独特の世界観と優れたキャラクターデザイン、ホラーストーリーにも…

自分の裸を完全に認識することの難しさと現代哲学の潮流

必要最低限のスペースで一人暮らしをしていると、自分の裸を見る機会が少ないことにふと気がつく。 トイレと風呂、洗面所が一体となったユニットバス空間には洗面用の鏡しかなく、自身の裸は上中下と身体を3等分したうちの上1つしか見えない。 また風呂に入…

フェミニズムをめぐるネットの議論がなぜ不毛なのか

ネットにおけるフェミニズムをめぐる言説は両性同士のフォビアの道具に終始している。異性のいずれかを悪者にするこの対立はフェミニズムなどではない。 フェミニズムは社会学という立派な学問領域に属するものとして議論されているのであって、ネット上の彼…

でびっち追悼配信分析 恐怖とでびでび・でびるの実在

2020年2月7日23時、予定を一時間遅らせて、でびでび・でびる(敬称略)のチャンネルで「でびっち一周忌 追悼特別番組」が放送された。そも、でびでび・でびるとは何ぞやと思われるかもしれないが、そこはこの記事の前提知識として持っていることを想定して書く…

人は真夜中に飲み会を抜け出すと「おばけ」になる

2019年年末のある日の夜、僕は飲み会がつまらなさ過ぎて途中で離脱し街をさまよっていた。真夜中の午前二時、家に帰る手段はない。冷たい風と雨をしのぐため静まり返った街を歩く。しばらく滞在できる場所を探しているとだんだんと二つの事実に気が付いてき…

『パラサイト』好きなシーン

先日2020年1月10日に日本で一般公開された『パラサイト 半地下の家族』(韓: 기생충)を観てきたので良かったシーンを挙げる。映画評のようなものを書こうとしたが「そんな単純なものじゃないだろう」と挫折したのでこの単純な投稿に至る。ネタバレはある

明けてますよ2020年 勉強は本当に「良い」のか

既に年が明けて5日。皆さんはなにをしていましたか。普段時間がなくて読めない本を読んだ?ゲームをした?映画を観た?ちゃんと文化的な生活を送りましたか?

弱い『ジョーカー』と弱い私たち

本国での上映前には映画館の前に警備員が配置されたという『ジョーカー』。劇中の「ジョーカー」に共感し、暴力が誘発されるのではないか、というこの懸念は、作品の核をそのまま表わしている。

民俗学的な道化(フール)としての『ジョーカー』

本稿は映画『ジョーカー』に登場するアーサーという人物がいかに民俗学的な道化という枠で振る舞っているのかについて考える試論である。参考文献としては『道化の民俗学』『道化と笏杖』を主とする。気になった人は自分で読んでみてほしい、良書。

フィヒテの事行(Tathandlung)解説の試み 前半

屋根裏部屋の上下にさらに部屋がある。ここはいったい何階なのか。底が知れなくなる、そんな話 今回はドイツの哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(1752~1814)の「事行」という概念について解説していこうと思います。「事行」とはフィヒテの知識学におけ…

Ctuberとの比較に見るVtuberの特異性

Vtuberについてはかなり前から書きたいと思っていた。周りの友達はVtuberを一切見ていないし、Twitterのフォロワーの大部分がPCゲーマーの自分にはVtuberについて語る場が余りにも少なすぎた。 (最初に言っておくが私が見ているVtuberはにじさんじの数人とシ…

『サバイバルファミリー』ー想像の共同体としての家族の復権

『サバイバルファミリー』は、2017年2月11日公開の日本の映画作品。ある日突然訪れた原因不明の電気消滅により廃墟寸前となった東京を脱出した一家のサバイバルコメディ。脚本、監督は矢口史靖。主演は小日向文世。第1回マカオ国際映画祭・コンペティション…

安吾とクモの巣の美

NUMBER GIRLの「PIXIE DU」という曲に「安吾ははっか タバコを吸いながら 猫の大群を 見たり ふらついたり」という歌詞があって思い出しました。ここで出てきた安吾というのは坂口安吾で間違いないと思われる。 その坂口安吾は自伝の中で(恐らく「処女作前後…

『さよなら、人類』の宣伝に見る日本の映画観

概要 スウェーデンと日本のあらすじの違い 日本における映画受容の一つの型 まとめ 概要 『さよなら、人類』はロイ・アンダーソン監督による2014年のスウェーデンの映画。原題は『En duva satt på en gren och funderade på tillvaron』翻訳すると『実存を省…

ゲームレビューの難しさ

どんなゲームも「こういった作品だ」と一言で表現することは難しい。「硬派なアクションゲーム」「高難度のシューティング」「感動的なアドベンチャー」、これらの謳い文句は各ゲームの本質を何も語っていない。 ゲームの本質とは究極的には「ゲームをプレイ…

あまりに退廃的な幸せ

周りの友達はみんな就職している一方、僕は文系大学院生をしている。 今日は昼の12時ごろにのそのそ起きてコンビニのおにぎりを一つ食べる。そこから自分の研究に何の関係もない川端康成を読んで、パソコンでゲームを始める。冷房はガンガンに。8時間ぶっ通…

中世世界における神的な道化

中世ヨーロッパには宮廷道化師という支配層に雇われた職業、身分がありました。この道化というのは何を言っても許されるという特異な立場として認められており、王への批判さえも許容されていました。 一介の道化が王権神授説によって正当化された王を批判す…

覚書アウトプット 傘の置引きにおけるハイデガー技術論

いつでも手の届くところに小さなノートを置き、何か思いつけば書き込む。いわゆる「覚書」というものを始めました。この記事ではそんな発想のタネをピックアップして広げられるものは広げます。 4/17 11:00 傘の置引きの原因 ・画一的な見た目によって他人の…

人生における名作を見つけることの難しさ 三つの要素

人間なら誰しも「人生でこれだけは見ておけ、読んでおけ」という作品があります(無い人はさようなら)。本記事では僕が見つけた人生の名作三つを例にとって「如何に名作に触れられるか」と言う事を考えていきたい。 運、偶然 僕が最近見つけた「人生の」作品…

『カラマーゾフの兄弟』 恐るべきリアリズムですよ

『カラマーゾフの兄弟』から私たちはどのような教えを受け取るべきだろうか。語り継がれた名作を読むとき、私たちは概してその作品に「正しい読み方がある」と考える。正攻法のあるゲームを攻略するようにその作品の根本的なテーマを目ざとく探すことに夢中…

エヴァ破 感想

戦闘シーンの格好良さ、途方も無いスケールで描かれる使徒の美しさ、シンジくんを含むキャラクターの可愛さ、少しずつながらも確実にいい方向に進展する複雑な人間関係、そして何かよう分からんけどハッピーエンドの雰囲気を醸し出す展開、音楽、効果音、全…

ゾシマ長老の語る地獄 カラマーゾフの兄弟より

生きています。あけましておめでとうございます。カントの「神の現存在の唯一の論証」も「ハイデガー技術論」も途中でほっぽりだしてしまって申し訳ない。 自分で勝手に納得するのは易いですが文章にするとなると途端に時間が止まったように進まなくなります…

入院と思索

全身麻酔と軽い手術を要する入院をつい先日終えて帰ってきました。全く重大な病気とかでもなく、さらに今まで大きなケガも病気もしたことがなかったので入院というのは人生で初めての体験でした。思うところが色々あった体験だったのでつらつら書いていこう…

役に立つことの負

現代は「役に立つこと」を唯一の指標として回っている。国や企業が経済的に成長するよう政策を打つのは当然であるし、教育は将来の利益に繋がる科目に偏重する。例えば大学における研究費はそれがどれだけ社会的利益として還元されるのか、という指標で決定…

ハイデガーと原子力 物と世界、徴用と制作

ハイデガーの技術論「ブレーメン公演」を基としてハイデガーの総駆り立て体制、ひいてはその中心に潜在的に存する原子力批判を紹介していく。おそらく2つの記事にわたる。

西洋哲学史丸わかり

ツイートしようと思ったら文字数が足らなかったのでメモがわりにこちらに置いておく。 西洋哲学史まるわかり 無知の知、この世は探求する価値がある→ イデア論、真理はこの世には無い→ アリストテレス、科学的に行こう→ キリスト教時代(中世)、科学、哲学共…

人間の条件としてのアウトプット その効用

近頃本を読み、音楽を聴き、ゲームをプレイし、ともっぱらインプット作業にばかり精を出してきた。ゲームプレイがインプット的な作業なのかというのは難しいところではあるが、ゲームをプレイし感想を書くというルーティンを以前確立していた自分にとって、…

神の現存在の論証 カント 第二部 第七考察 宇宙生成論

第七考察は宇宙生成論です。この考察は特に理論的な哲学というより、自然科学的です(この2つを区別することに一家言ある人は多いと思いますが)。そしてここで述べられているのは200年以上前のカント個人の仮説です。科学的知見とは基本的に時代が進むごとに…